東京・日本橋の三井記念美術館様で開催中の特別展「松島 瑞巌寺と伊達政宗」ですが、皆様ご覧になられましたでしょうか^^
今まで外に出ることの無かった寺外初公開となる本堂の欄間彫刻のほか、前回2006年に御開帳され、2039年まで見れないはずだった秘仏・五大明王像も震災復興祈念として特別に御開帳されます!
また会期は11月13日(日)迄ですが「紫羅背板地 五色水玉模様陣羽織」の展示期間は、明日23日(金)までの展示となっております。明日お時間のある方はぜひ三井記念美術館様でご覧下さい><
【下記内容は「三井記念美術館」様HPより】
松島瑞巌寺(ずいがんじ)の国宝「本堂」が7年にわたる平成の大修理を終えました。その完成記念と、この本堂を創建した伊達政宗の生誕450年を記念する特別展です。特に、東日本大震災復興を祈念して五大堂の秘仏五大明王像(重要文化財)が特別に出品されます。33年に一度御開帳される秘仏で、瑞巌寺の歴史上はじめての特別公開となります。
展覧会の概要
本展覧会は、東日本大震災復興祈念、および瑞巌寺国宝「本堂」の平成大修理完成と、伊達政宗生誕450年を記念する特別展です。瑞巌寺と仙台藩の歴史と文化を広く知っていただくことを目的としております。
瑞巌寺は、平安時代に慈覚大師円仁の開創を伝える天台宗延福寺が、鎌倉時代に臨済宗寺院円福寺となり、2世に鎌倉・建長寺の開山蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)(大覚禅師)を迎えて、東北の臨済宗建長寺派の拠点として、大いに発展しました。室町時代末には疲弊しますが、慶長年間に仙台藩初代藩主伊達政宗によって復興され、瑞巌寺と名を改めました。現在、国宝の本堂、庫裡及びそれに付随する建築装飾彫刻をはじめ、150面を超す重要文化財の障壁画など、多くの寺宝を伝えています。
本展覧会には、その中の障壁画、彫刻欄間、雲版(うんぱん)、慶安5年(1652)開眼の伊達政宗甲冑倚像(いぞう)ほか優品が展示されますが、特に秘仏とされる重要文化財五大明王像5体(平安時代前期)が寺外で初めて公開されます。
また、協力いただきます仙台市博物館からは、伊達政宗所用重要文化財五枚胴具足、山形模様陣羽織をはじめ、書状、和歌巻、屏風、蒔絵調度品など、伊達政宗とその周辺の貴重な美術品、歴史資料が出品されます。独眼竜と称された奥州の戦国武将伊達政宗の、文化的な側面に光が当てられています。
会期:平成28年9月10日(土)〜11月13日(日)
*会期中、文化財保存のため、一部展示替えを行います。
【前期:9/10(土)〜10/10(月)、後期:10/12(水)〜11/13(日)、そのほか2週間・3週間で展示替えの作品があります】
《展示構成》
瑞巌寺と伊達家の伝統【展示室1-2】
松島(宮城県松島町)は、厳島・天橋立とともに日本三景の一つとして有名ですが、その松島の文化のなかで中心的な存在が瑞巌寺です。現在の瑞巌寺は、仙台藩の初代藩主伊達政宗が創建したものですが、寺院としての歴史は古く、『天台由緒記』によれば、平安時代、慈覚大師円仁が開いた天台宗の延福寺にまで遡ります。五大堂や日吉山王社も同時に創建されたとされています。
その後、鎌倉時代になると、源頼朝が亡くなった後、頼朝が厚く信仰していた仏舎利を、夫人北条政子が「まつ島のけん仏のご坊」に寄進し菩提を弔っています。さらに、鎌倉幕府5代執権北条時頼により、寺名を延福寺から円福寺と改め、臨済宗となりました。開山は法身性西(ほっしんしょうさい)で、2世は鎌倉建長寺を開いた蘭渓道隆(大覚禅師)です。以来、禅宗寺院として存続します。
伊達政宗は、関ヶ原の戦いで徳川家康の東軍につき、五大堂に戦勝を祈願しましたが、戦勝の御礼として慶長9年(1604)に五大堂を復興しました。さらに続けて政宗の師・虎哉宗乙(こさいそういつ)(妙心寺派)のすすめで円福寺の復興を決め、慶長14年(1609)に落慶したのが、現在の国宝の本堂です。寺名を瑞巌寺と改めました。住持不在の時期もあり、政宗は住持に雲居希膺(うんごきよう)(妙心寺派)を招請しましたが、寛永13年(1636)5月に政宗が他界し、2代藩主忠宗が引き続き来山を求め、ようやく8月に雲居が入山しました。以来、瑞巌寺は愛姫(めごひめ)はじめ伊達家の帰依が厚く、臨済宗妙心寺派の禅宗寺院として現在まで続いています。
伊達政宗と茶の湯【展示室3】
伊達政宗は、茶の湯を幼少から嗜んでいたとされ、天正18年(1590)に小田原の陣に参陣した際、豊臣秀吉に対して千利休に茶を学びたいと願い出た逸話はよく知られています。利休の弟子の古田織部や小堀遠州などとも交流があり、政宗の書状にも茶の湯の記事が散見されます。政宗が所持した茶道具は、唐物茶入や青磁花入などいくつか伝世していますが、当時茶掛として珍重された藤原定家の小倉色紙のうち、当館が所蔵する小倉色紙「うかりける...」は、前田利家から伊達政宗が所持し、そのあと柳生家から三井家へと伝わった名品です。同じく当館の所蔵品で、茶室ケースの床に掛かる高野切は、伊達家旧蔵のものです。瑞巌寺には、伊達政宗が寄進したと伝える建盞(けんさん)(銘峴山)と、夫人の愛姫(めごひめ)所用の赤楽茶碗が伝わっています。これらが瑞巌寺に伝来した経緯は明確ではありませんが、 瑞巌寺と伊達政宗夫妻の関わりの一端をうかがわせてくれます。
秘仏五大明王像特別公開と瑞巌寺国宝本堂の平成大修理【展示室4-5】
松島 瑞巌寺の五大堂は、延福寺とともに慈覚大師円仁により開創されたとされる古いお堂ですが、その歴史を裏付けるように本尊の五大明王像は、いずれも平安時代前期にまでさかのぼる一木造りの尊像で、国の重要文化財に指定されています。33年に一度しか公開されない秘仏として伝わってきました。前回の御開帳は2006年でしたが、次の御開帳は2039年になります。しかし、今回の展覧会では東日本大震災復興を祈念して、特別にご出品いただきました。五大堂の歴史上はじめての特別公開です。
瑞巌寺の本堂は、伊達政宗によって建立された桃山時代を代表する禅宗建築で、国宝に指定されています。このたび7年にわたる平成の大修理が完成しました。4月5日より一般に公開されていますが、本展覧会では、この平成大修理完成を記念して、展示室4に本堂の襖絵(重要文化財)、展示室5に本堂の欄間にはめられている彫刻欄間(国宝)を特別にご出品いただきました。なお、襖絵は復元模写が行われ、現在は模写の方が本堂に建てられ、重文のオリジナルは宝物館で保管されています。
伊達政宗(1567〜1636)は、戦国武将として奥州各地を転戦しましたが、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利した翌年から仙台城を造営して移り、ここに仙台藩62万石の歴史がはじまりました。今年は伊達政宗生誕450年にあたり、本展覧会はその記念の特別展でもあります。
聖地松島の信仰と風土【展示室6】
主に中世の松島の信仰と風土について、板碑(いたび)や出土する陶磁器などから、その一端をうかがいます。写真とパネルによる解説が中心となります。
伊達政宗とその周辺【展示室7】
伊達政宗に関する遺品や歴史資料は、瑞巌寺のほか仙台市博物館に『伊達家寄贈文化財』としてまとまって伝わっています。これらからは武将としての政宗は当然として、文化人としての政宗の有能多才ぶりが浮かび上がってきます。本展では、新発見の政宗直筆「梅小禽図(うめにしょうきんず)」が出品されます。
武将としての政宗の人生の中で、豊臣秀吉と徳川家康に臣従したことが、戦国を生き残り、江戸時代62万石の仙台藩への道を開きましたが、文化面においても、この二人の影響は多大であったと思われます。
戦国大名の間では、和歌・連歌・茶の湯・香・能・書画といった文雅の道は、社交のために必須の教養とされましたが、政宗の遺品、特に和歌や書、絵画においてはその有能ぶりに驚かされます。また、築城や普請といった土木建築においても、戦国大名は大変な才能を発揮しています。政宗による仙台城の築城、城館の建築、城下町の町割り、社寺の復興など、なかでも瑞巌寺は障壁画などの美術品も残り、東北に伝わった桃山文化の貴重な遺産といえます。また、政宗が南蛮に交易を求めて派遣した支倉常長(はせくらつねなが)ら慶長遣欧使節の事例は、政宗の気宇の壮大さをうかがうことができます。
政宗が秀吉に臣従した際、正室の愛姫(めごひめ)(陽徳院)は、人質として聚楽第や伏見の伊達屋敷に住んでいます。都での暮らしが長く、五郎八姫(いろはひめ)(天麟院)と虎菊丸(2代藩主忠宗)は、この間に生まれています。五郎八姫は、家康の子息松平忠輝に嫁ぎ、忠宗は2代将軍秀忠の養女振姫と結婚しています。家康は亡くなる直前に政宗に後事を託したといわれ、徳川将軍家から厚い信任を得ていたことがわかります。
《主な展示品》
・重要美術品 吉野懐紙 伊達政宗詠 文禄3年(1594)2月29日 仙台市博物館蔵(前期展示)
文禄3年(1594)、豊臣秀吉が吉野山で開いた花見の会で和歌会が開かれ、秀吉をはじめ家康、政宗など20名の公家や武将が参加した。その和歌懐紙を巻物にまとめたもの。このうち中巻に政宗の和歌か記されている。
・陽徳院像(田村氏愛姫)江戸時代・慶安3年(1650) 瑞巌寺蔵
・天麟院像(五郎八姫)江戸時代・寛文3年(1663) 瑞巌寺蔵
・伊達政宗甲冑倚像江戸時代・慶安5年(1652) 瑞巌寺蔵
政宗の17回忌にあたり、正室陽徳院(愛姫)の発願で、2代藩主忠宗が作らせた等身大の木造甲冑像。瑞巌寺で開眼し安置された。文禄2年(1593)朝鮮出兵の姿といわれ、遺言により右目が開いている。
・重要文化財 黒漆五枚胴具足 伊達政宗所用 桃山時代 仙台市博物館蔵(9/10〜9/30展示)
「弦月形」と呼ばれる月の形をした兜の前立が有名な伊達政宗所用の甲冑。胴は、鉄板を五枚組み合わせ、蝶番でつないだ五枚胴形式。仙台藩では、歴代藩主や家臣たちがこの五枚胴形式の具足を着装したので、仙台胴とも呼ばれた。
・重要文化財 黒羅紗地裾緋羅紗 山形文様陣羽織 伊達政宗所用 桃山時代 仙台市博物館蔵(10/1〜10/14展示)
伊達政宗所用の陣羽織。黒と金と赤のシンプルかつ大胆なデザインの陣羽織で、自ら南蛮(ヨーロッパ)へ使節(慶長遣欧使節)を送って交易を求めた政宗らしい好みである。襟にはフリル襞飾りのあとが残り、南蛮屏風などに描かれる南蛮の服飾と同様のデザインであったことが想像される。
・仙台市指定文化財 紫羅背板地 五色水玉模様陣羽織 江戸時代 仙台市博物館蔵 (9/10〜9/23展示)
両袖が付いた陣羽織で、紫地に、赤・青・黄・緑・白の五色の水玉模様が鮮やかである。背には、伊達家の家紋である竹に雀紋を、金糸で刺繍している。現代でもそのまま通用するデザイン感覚であるが、これも南蛮意匠の範疇に入るといってよいだろう。
・新発見 梅小禽図 伊達政宗筆 江戸時代 個人蔵
昨年の暮れに宮城県塩竃市の旧家で新たに発見された掛幅画。伊達政宗直筆の絵で、政宗の信頼が厚い家臣とされる馬場氏が拝領したことが箱に記されている。
・伊達政宗書状 天正18年(1590)6月14日(小田原参陣) 仙台市博物館蔵
・徳川家康領地覚書 慶長5年(1600)8月22日(百万石のお墨付き) 仙台市博物館(後期展示)
◆三井記念美術館◆
住所:東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階
TEL:03−5777−8600
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜日
【アクセス】
無料巡回バス「メトロリンク」 「三井記念美術館」徒歩1分
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