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島守安芸の供養祭10月開催へ(「デーリー東北新聞社」様記事より)

南部家の家督争いが発端となり南部信直と九戸政実との間で行なわれた「九戸の乱」。信直の救援に駆けつけた豊臣秀次らの討伐軍が有名ですが、まさに地元ゆかりの武将・島守安芸。史料が少なく調べるのも苦労しそうですが、地元ならではの伝承や史料から、さらに研究が進むといいですね!>_<

【下記は「デーリー東北新聞社」様記事より】
八戸市南郷区島守地区にあった島守舘の城主で、1591(天正19)年の「九戸の乱」で処刑されたとされる島守安芸(あき)。多くの謎に包まれた武将に光を当て、今年10月に地元で供養祭を開催する計画が動き始めた。既に、島守地区の有志や同市近隣の島守姓の人ら約20人が発起人となり、「島守安芸を偲(しの)ぶ会」を設立。今後、趣旨に賛同する個人や団体を広く募るとともに、供養祭を地域の活性化にも結び付けたい考え。
 南郷村誌などによると、島守舘には南部氏の一族である四戸氏が居住し、「島守」を名乗っていた。安芸は九戸の乱で九戸城に入ったが、同城の落城により、城主の九戸政実とともに処刑されたといわれる。ただ、安芸に関する史料はほとんど残っておらず、生い立ちや人物像はベールに包まれたままだ。
 島守舘は九戸の乱の約4カ月前に攻め落とされ、城中の家臣や守備兵たちが現在の南部町麦沢地区などに逃れ、各地で島守姓を名乗ったとされる。南郷区に「島守姓」はなく、同市近隣の島守姓の人たちの先祖は、麦沢地区が多いという。
 今月13日、島守コミュニティーセンターで偲ぶ会の設立総会が開かれ、供養祭の内容などを話し合った。供養祭は、安芸が処刑されたという旧暦の9月5日にちなみ、10月中旬から同月下旬の日曜日を軸に調整。安芸とともに、島守舘が攻め落とされた際に殉じた人たちも供養する。秋祭りとしても位置付け、地域の活性化も図る。
 島守地区のふれあい公園から、島守舘跡に建てられた「館のやかた」までの殿様行列や、安芸の墓と伝えられる五輪ノ塔での供養などを検討している。

 南郷観光協会会長で、偲ぶ会事務局長の松倉政勝さん(62)は「10月には新そばまつりもある。新たな秋祭りとして誘客推進に結び付けたい」と抱負。偲ぶ会副会長を務める八戸テレビ社長の島守正典さん(72)は「島守安芸に関係した人たちの供養と同時に、南郷区の地域活性化につなげていきたい」と話している。
 偲ぶ会の加入申込用紙は、八戸ポータルミュージアム「はっち」、まちの駅はちのへ、道の駅なんごう、朝もやの館、山の楽校の5カ所で配布している。問い合わせは、島守安芸を偲ぶ会の松倉政勝事務局長=携帯電話080(1800)8918=まで。
 ■九戸の乱 1591年、南部氏の分家である九戸政実が南部宗家の家督争いに不満を抱き、新たな領主となった南部信直に対して起こした反乱。島守安芸は政実側に付いた。信直は天下統一を目指していた豊臣秀吉に援軍を要請。豊臣軍は政実が立てこもる九戸城を包囲し、降伏した政実や島守安芸は処刑されたとされる。

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